第1章 序論
1.1 はじめに
オノマトペを持つ言語は日本語だけではないが、日本語は、オノマトペを豊富に持つ言語の一つとして知られている。飯島(2004:24)も「この種の言葉に頼らずには、日本人の会話そのものが成り立たない」とオノマトペの重要性について述べている。また、日本語のオノマトペは、日本人独特の感性に訴えるものであり、外国人には理解が難しい。
言語は一般的に、その音と意味の結びつきが恣意的であるのに対して、オノマトペの音と意味の関係は恣意的ではなく、ある程度合理的な結びつきがある(金田一,1978;田守·スコウラップ,1999など)。また、Kita(1997)によると、一般語彙は、思考·経験が意味的部分に組成分解される「分析的次元」(analytic dimension)と呼ばれる客観的次元に属しているのに対し、オノマトペは、言語情報が感覚·感動·感情的情報と直接接触する「感情·イメージ的次元」(affecto-imagistic dimension)と呼ばれる次元に属している。これらのことから、オノマトペは、一般語彙とは異なる特殊な語群とされている。また、日本語話者はオノマトペ語彙と一般語彙を比較的簡単に区別することができる(田守·スコウラップ,1999:5)。
近年、オノマトペの多義性と意味拡張が注目されている(Hasada, 2001;井上,2013;Akita, 2010、2013;浜野,2014;游,2014など)。一般語彙にも五感に関わるものはあるが、日本語のオノマトペは、元々五感に根ざしたものであり、複数の感覚にまたがるもの(がたがた、ごろごろ、がんがんなど)が豊富である。
このように、オノマトペは、複数の感覚にまたがり、関連性を持っているため、多義語として捉えられるが、特殊な語群とされることから、その意味の拡張は、一般語彙の意味拡張と異なるだろうと考えられる。一般語彙の場合、多義語の意味のネットワーク(多義構造)を明らかにする研究は少なくないが、オノマトペの場合、本格的に扱ったものは、十分にあるとは言えない。本書は、現代日本語におけるオノマトペを対象とし、一般語彙と同じように多義語分析を行い、その意味拡張を考察する。