2.2 オノマトペの定義と分類
オノマトペは、ギリシア語の“onomatopee”に由来する外来語であり、狭義では音声の模倣表現を指すものとして知られる。つまり、擬音語のみを指すため、本来は日本語の擬態語も含めてこれらの用語を用いるのは不適切である。従来の日本語研究では、大きく音の描写に基づく擬音語(擬声語)と状態の描写に基づく擬態語とに分類されている(天沼,1974;阿刀田·星野,1995;飛田·浅田,2002)が、これらの用語はそれほど厳密に使い分けられてはおらず、泉(1976)以降、「オノマトペ」が「擬音·擬態語」や「音象徴語」と同義の総称として定着している。次に、金田一(1978)、筧·田守(1993)、泉(1976)の分類を見る。
金田一(1978:13-14)は、「擬音語·擬態語概説」(浅野(1978)『擬音語·擬態語辞典』所収)において、以下のように分類している。
●擬音語……外界の音を写した言葉
擬音語……無生物の音を表すもの ザーザー ガチャー
擬声語……生物の声を表すもの ワンワン ぼそぼそ
●擬態語……音をたてないものを、音によって象徴的に表すもの
擬態語……無生物の状態を表すもの きらきら ごたごた
擬容語……生物の状態(動作の様態)を表すもの うろうろ
擬情語……人間の心の状態を表すようなもの いらいら
金田一(1978)は、「擬音語」をさらに「擬音語」と「擬声語」に分け、「擬態語」をさらに「擬態語」「擬容語」「擬情語」に分けている。
筧·田守(1993)は、金田一(1978)の分類を以下のようにさらに細かく分けている。
図2-1 筧·田守(1993)によるオノマトペの分類
筧·田守(1993)は、金田一(1978)と同様に、<音性>の有無によって、大きく「擬音語」と「擬態語」に分け、さらに、「擬音語」を「声性」の有無によって、「擬音」と「擬声」に分けている。金田一(1978)の分類と異なるのは、金田一は「擬態語」を「擬態語」と「擬容語」と「擬情語」に下位分類しているのに対して、筧·田守(1993)は「擬態語」を<心性>によって「擬情」と「非擬情」に分けたうえで、さらに<表層性>と<有生性>によって下位分類しているという点である。
このように、従来言われてきた「擬音語」「擬態語」の下位分類は、研究者によって、様々な名称が用いられている。しかし、このように細かく分類しているものの、あるオノマトペが、どの分類に入るのかは判断しにくい。例えば、筧·田守(1993)では、「感覚」と「感情」を表すオノマトペが<表層性>を有するか否かによって分けられているが、本書の考察対象の「さっぱり」と「すっきり」は、「さっぱりした味/気持ち」「すっきりした姿/気持ち」というように、「感覚」と「感情」両方を表している。このようなものは、図2-1のどの分類にあてはめられるのかが判断できない。
本書の考察対象である「こってり」「あっさり」「しっとり」「さっぱり」「すっきり」は、多義性を持ち、擬音、擬声、擬態、擬容、擬情などにまたがるため、本書でも、総称の「オノマトペ」を用いることにする。
金田一(1978)、筧·田守(1993)の音性、声性、心性などによる分類に対して、泉(1976:141)は、オノマトペをその入力の感覚に基づいて区分し、「外からの入力が「聴覚」によるものは擬声語であり、「視覚」「味覚」「嗅覚」「触覚」そして「気分」や「心理状態」を入力とするものは擬態語」であるとした上で、これらの意味分野には偏りがあるとして、感覚別オノマトペの分布を論じている。また、三上(2007)は、泉(1976)の記述を引用し、さらに考察を加えてまとめている。以下、三上(2007:27-28)のまとめから抜粋し、感覚別オノマトペの分布を確認する。
①味覚
味覚を表す擬態語はほとんどないに等しく、「ヒリヒリ」「ピリピリ」くらいであり、「サッパリ」「ネットリ」「コッテリ」なども同様に、味覚というよりは触覚と言ったほうがいいようなものである。この他に、「スーッとする味」「すっきりした味」なども使われるが、最近では「まったりした味」という表現もよく耳にする。しかし、味覚については、形容詞でも「あまい」「からい」「すっぱい」「しぶい」「にがい」くらいしかなく、決して豊富とは言えない。
②嗅覚
嗅覚つまり匂いを表す擬態語も、「プンプン」「プーン」「ツン」くらいで少ない。これらは、良い匂い、悪い匂いの区別がなく、連続的に匂うとか鋭く刺激的に匂うという意味である。匂いを表現するには、擬態語ではなく、「花のようなよい香り」、「生ゴミのように臭い」という直喩の形式をとる。
③触覚
金田一(1978)も指摘した通り、触覚に関する擬態語は、「サラサラ」「ザラザラ」「スベスベ」「ツルツル」「ゴツゴツ」「ゴワゴワ」など豊富である。味覚を表す擬態語が少ない中で、舌触り、歯ざわりなどを表す「ガリガリ」「ジャリジャリ」「サクサク」「サラッとした味」「口の中でトロリと溶ける」などは、口の中の触覚というべき例である。
④気分·心理状態
痛みを表す擬態語が、「ズキズキ」「シクシク」「キリキリ」「チクチク」など、たくさんある。金田一が「擬情語」と名づけたところの「ハラハラ」「ドキドキ」「クヨクヨ」など、心理状態を表すオノマトペが多いのも日本語の特徴である。
⑤視覚
視覚からの入力をもとに人や事物の動き·状態などを表すオノマトペは、擬態語の多くの部分を占める。その中でも、日本語に目立つのは、人の様子を表すものである。「ノロノロ」「セカセカ」「スタスタ」「フラフラ」など人の歩く様子を表すもの、「モジモジ」「オロオロ」「テキパキ」など態度を表すもの、「ツンツン」「ニヤニヤ」「ヘラヘラ」「ムーッと」など表情を表すものがある。
⑥聴覚
擬声語の中でも、鳥の鳴き声を除いた動物の鳴き声はそれほど多くない。特に少ないのが虫の鳴き声である。しかし、人の鳴き声に関しては、笑い声などを表す擬声語が多く、体系的に存在していると言える。
ここまで見てきたように、先先行研究では、「触覚」に関するオノマトペが豊富であり、「気分·心理状態」「視覚」「聴覚」に関するものも体系的に存在することが指摘されている。特に、「味覚」については、「味覚」というよりは「触覚」と言ったほうがいいものがあることが指摘され、その中に、「さっぱり」「こってり」といった本書の考察対象がある。このことから、「さっぱり」と「こってり」は、「味覚」と「触覚」が未分化であることが窺える。同様に、本書の考察対象の「しっとり」「すっきり」「あっさり」についても、「味覚」と「触覚」の未分化現象が見られると思われるが、語よって、「味覚」と「触覚」のどちらがより中心であるかには違いがあると考えられる。